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意外な風習も?!意外と知らない節分行事の豆知識!

time 2016/01/26

幼稚園から帰ってきた子どもが、「今日鬼のお面を作ったよー」と報告してくれ、節分が近付いて来たことに気がついたゆいくり。

今回は、意外と知らない?節分のお話です。

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実は節分は2月だけじゃない!

節分とは本来、四季の分かれ目である「立春」「立夏」「立秋」「立冬」の前日のことをさし、年に4回あります。

この4回の節分のうち「立春」の前日、2月の節分が1番重要度が高く、節分といえば2月!というようになりました。

なぜ2月の節分が1番重要なのか?

それには今の暦ではなく旧暦が関係してきます。

旧暦では新年は春からはじまるとされていたため、「立春」が「お正月」、その前日の「節分」は「大晦日」に値する大切な節目だったんです。

昔は、季節の分かれ目には邪気が入りやすいと考えられ、その中でも年の分かれ目というのは特に気をつけなければいけない節目だとして、「立春」前日の節分が重要とされました。

節分で豆をまく意味は?

節分の豆まき由来は?

豆まきは、中国から伝わった風習の「追儺(ついな)」という厄払いの行事が起源だとされています。

追儺(ついな)とは、疫病などをもたらす悪い鬼を追い払うというもので、追儺(ついな)が日本ではじめて行われたのは、文武天皇の(奈良)時代だそう。

もともとは陰陽師らが宮中で執り行う儀式でした。

追儺(ついな)の中には、「豆うち」といわれる儀式があり、この豆うちが今の豆まきになった、ということです。

また、昔話のひとつとして、昔鞍馬(京都)に鬼が出たとき、毘沙門天のお告げによって鬼の目に大豆を投げつけると、鬼を退治できたという話があり、「魔の目(魔目=まめ)」に豆を投げつけて「魔を滅する(魔滅=まめ)」に通じるという由来も。

魔を滅して無病息災を祈る。

節分の豆まきにはそんな意味がこめられているんですね。

鬼のパンツが虎柄な理由!

鬼のパンツが虎パンツなわけ!「鬼(おに)」という日本語の由来は「陰(おん)」だと言われています。

「陰(おん)」とは目に見えない陰の気「邪気」のことをさし、それを「鬼(おに)」と呼んだんですね。

昔の人々は災害・病・飢饉など、人間の想像力を超えた恐ろしい出来事は「陰の気=邪気」である鬼の仕業と考えていたんです。

そして、鬼が住むのは鬼門である「丑寅(うしとら)」の方角とされているので、虎の皮のパンツ(ふんどし)を身に着けている、ということなんです。

また、鬼の角(つの)にもちゃんと由来があります。

鬼門である「丑寅(うしとら)」の丑(牛)からとって、牛の角(つの)なんですって!

なんとなーく鬼を思い浮かべるときに必ず一致する虎柄のパンツや鬼の角には、こんなしっかりした理由があったんですね。

実は節分の豆まきで豆じゃないものをまく地域があった!

本来は豆まきに使う豆は炒った豆でなくてはならないそうですが、実は現代では炒った豆じゃないものをまく地域もあります!

豆まきの豆が炒った豆じゃないといけない理由は、生の豆をまくと拾い忘れた豆から芽が出てしまい縁起が悪いからなんです。

また、「炒る」は「射る」にも通じ、鬼や大豆は陰陽五行説の「金」にあたるため、この「金」の作用を滅するといわれる「火」で大豆を炒ることで、鬼を封じ込めるという意味があるそう。

そして豆まきの最後に炒った豆を人間が食べてしまうことによって、鬼を退治したということになるわけなんですね。

ただ、現代では落ちた豆を拾って食べるのは不衛生だ、とかさまざまな考えがあるのも事実。

世の主婦からすると、家の中で炒り豆をまかれた後のことが憂鬱になる人も多いはず。

そんな中、北海道や東北などでは炒り豆ではなく落花生をまくのが定着したそう。

「掃除しやすい・拾いやすい」「食べ物が無駄にならない」「落花生は秋冬の豆(大豆は夏)」などの合理的な理由で、北海道からはじまった落花生まきが東北地方にも広がっていったんですね。

ゆいくりの旦那も東北出身なので、節分には落花生をまいていたそうで、節分に炒り豆を買ったゆいくりに対して、「それ何に使うの?」と聞いてきました。

地域ごとのギャップっておもしろいですねー!

豆まきの掛け声が「鬼は外!福は内!」じゃない地域も

全国にたくさんある寺社の中には、鬼子母神のような鬼を祭っている寺社もあります。

そんな寺社では「鬼も内」となっているなど、「鬼は外」とは言わないんですね。

また、鬼に助けられたという昔話が残っている地域など、一部地域でも「鬼は外」はタブーとされているようです。

全国どこでも「鬼は外!福は内!」ではないんですね!

節分におこなう豆まき以外の風習は?

節分いわし

setsubun_iwashi節分いわしとは、鬼が臭いのきついものや尖ったものが苦手だという理由から、「焼いた鰯(いわし)の頭」を「 柊(ひいらぎ)の枝」に刺して家の門などに飾る風習です。

「焼嗅(やいかがし)」「鰯柊」「柊鰯」「柊刺し」などとも言われ、主に西日本で根付いた文化のようです。

現在では、さまざまな住宅事情も重なって玄関先に飾る家は少なくなりましたが、その名残から節分には鰯(いわし)を食べる家も多いです。

恵方巻き

setsubun-ehoumaki恵方巻きは大阪発祥とされ、今では全国区になりつつある風習ですね。

元々は商売繁盛を願ったものだとか、縁起担ぎだとかいろんな由来が飛び交っていますが、真相はわかりません。

恵方巻きの詳細はこちらの記事で紹介しています。

恵方巻きと名付けたのは実は。。恵方巻きの意外な豆知識

滋賀県下でおすすめの節分祭5選!

多賀大社の節分祭

多賀大社は、伊勢神宮で祭られている天照大神をはじめとする八百万(やおよろず)の神々をお産みになられた二柱の大神、「伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)」「伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)」を御祭神とする滋賀県第一の大社です。

多賀大社の節分祭では毎年、島根県の因原地方の鬼の舞が奉納されたあと、還暦を迎えた年男・年女が特設舞台より福豆・福餅をまきます。

この福豆・福餅まきは、2月3日の午前11時/午後2時の2回おこなわれ、入苑料などは無料です。(2016年1月現在)
節分祭|多賀大社

日吉大社の節分祭

日吉大社は、全国3800余の日吉・日枝・山王神社の総本宮で、たくさんの神様が祭られています。

祭られている神様の詳細は以前書いた記事の国宝と重要文化財をたくさん有する日吉大社をご覧ください。

日吉大社の節分祭では、神事の結びに鬼門(北東の方角)に破魔矢を射る「放射の儀」がおこなわれたあと、景品番号つきの福餅や福豆まきがおこなわれます。

日吉大社の福豆・福餅まきは、2月3日午前11時より東本宮でおこなわれ無料でどなたでも参加できますが、入苑料が必要となっています。(2016年1月現在)
節分祭|日吉大社

太郎坊宮の節分祭

太郎坊宮に祭られている神様は、正哉吾勝勝速日天忍穂耳大神(マサカアカツカチハヤヒアメノオシホミミノオオカミ)という勝利と幸福を授ける神様で、古くからさまざまな第一線で活躍する方に信仰されています。

そんな太郎坊宮の節分厄除大祭は、2月7日午前11時から福豆・福餅まきがおこなわれます。(2016年1月現在)

他にも人数限定で開運厄除けのあずき粥がふるまわれたり、お供えお菓子のお下がりなどもあります。

節分厄除大祭|太郎坊宮

長浜八幡宮の節分祭

長浜八幡宮には厄除け・安産・ボケ封じの神様が祭られています。

何度も兵火にあいほとんど消失した社殿を、長浜城主となった羽柴秀吉公が再興に努めたそう。

長浜八幡宮の節分祭は、2月3日午後2時頃から「鬼やらひ」で「方相氏(ほうそうし:黄金四ツ目で鬼より強い)」の鬼払いをし、弓で魔を射る弓司の放弓の後、景品番号のついた福餅・福豆・福飴などがまかれます。(2016年1月現在)

長浜八幡宮

立木観音の節分会

立木観音は地元では厄除けで有名な観音様です。

境内までは800余段の石段を上らなければいけないため少しハードですが、弘法大師 空海が厄年の時に創建した厄除けに霊験あらたかなお寺なだけあってたくさんの人が訪れます。

この立木観音の節分会は、2月3日10:00〜境内お練りがおこなわれ、そのあと大護摩修行や計6回の豆まきがおこなわれます。(2016年1月現在)

立木観音

節分豆知識のまとめ

子どもの頃から豆をまいて恵方巻きを食べていたけれど、ちゃんと理由を知らなかったゆいくり。

古来からの風習は由来などを調べると、理にかなっていたりなるほどーと思うことがたくさんあります。

今年もゆいくりは娘と一緒に恵方巻きを作って、鰯と豆を食べようと思います!

そしてちゃんと理由がある豆まきも、今年はしてみようかな。

1箇所1粒ならきっと掃除も怖くない!はず!と思う、ズボラなゆいくりなのでした。

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ゆいくり

ゆいくり

30代の子育て中主婦。在宅勤務OK!という理解ある会社に拾っていただき、そこで働きながらフリーランスとしても活動中。webサイト製作などを中心に活動しています。 [詳細]